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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13337号 判決

原告 荒木スズエ

右訴訟代理人弁護士 大河内躬恒

被告 国

右代表者法務大臣 鈴木省吾

右指定代理人 杉山正己

〈ほか一名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三五七二万五七四一円及びこれに対する昭和五八年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  請求認容の場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年六月一三日、訴外中村昭一(以下「訴外中村」という。)から同人所有の別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金一二五〇万円で買い受けたが、所有権移転登記を受けず、登記簿上の所有名義人は中村昭一のままであった。

2  訴外新潟県信用組合(債権者)は、新潟地方裁判所に対し、右土地につき、債務者を訴外荒木重機建設株式会社、所有者を訴外中村とする不動産競売を申し立て、昭和五六年七月七日同裁判所により競売開始決定がなされ、差押えの登記がなされた。

3  本件土地ほか四筆の不動産は、一括競売に付され、競落されて、新潟地方裁判所において交付計算書を作成したところ、本件土地について金三五七二万六〇三九円の剰余金を生ずることとなった。

4  新潟地方裁判所は、昭和五八年三月二四日、右交付計算書に基づいて、債権者に弁済金を交付するとともに、右剰余金を訴外中村に交付した。

5(一)  ところで、原告は、昭和五六年一月一一日新潟地方裁判所に対し、訴外中村を被告として、前記1の売買契約の履行を求める土地所有権移転登記手続等請求の訴えを提起し、同年六月三日主文左記のとおりの判決を得、右判決は同月一九日の経過により確定した。

「主文

一 被告(注、訴外中村)は、原告(注、本件原告)に対し、別紙物件目録二の土地(注、本件土地)につき、昭和四七年六月一二日付売買による所有権移転登記手続をせよ。

(二 以下略)」

(二) しかるに、原告が本件土地につき右判決に基づく所有権移転登記を経由しないうちに、前記競売開始決定がなされたため、原告は、昭和五七年八月二六日、新潟地方裁判所に対し、前記競売事件において生ずる剰余金を原告に交付するよう、前記判決正本及びその判決確定証明書を添付した「剰余金の交付請求書」を提出し、右請求書は本件競売記録に編綴された。

(三) 原告は、昭和五八年三月二四日、前記剰余金が訴外中村に交付されるに先立ち、右「剰余金の交付請求書」のとおり右剰余金を原告に交付するよう申し立てたが、担当裁判官及び裁判所書記官により拒絶された。

6  原告は、訴外中村から、前記のとおり、競売開始決定による差押えの効力発生前に本件土地の所有権を譲り受け、かつ、執行裁判所に対し、その譲り受けを証する確定判決の正本を添付して剰余金の交付を請求したのであるから、執行裁判所としては、原告に剰余金を交付すべきものであり、担当裁判官及び裁判所書記官が前記剰余金を訴外中村に交付した行為は、その職務を行うについて、故意又は過失により違法に原告の剰余金交付請求権を侵害したものである。

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、剰余金相当の損害金のうち金三五七二万五七四一円及びこれに対する不法行為の後である昭和五八年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1のうち、売買契約成立の事実は知らないが、その余の事実は認める。

2  同2ないし4の事実はすべて認める。

3  同5(一)の事実のうち、原告の主張するような判決があったこと及び判決確定の日は認める。同(二)、(三)の事実はすべて認める。

4  同6は争う。民事執行法が採用した手続相対効の法理によれば、訴外中村から原告に対する本件土地所有権の移転が差押えの効力発生前に存在したとしても、差押えの効力発生前に所有権移転登記を経由しない限り、原告は右所有権移転をもって差押え債権者に対抗できず(当該所有権移転は差押え後のものと同じに扱われる。)、右所有権移転は、執行手続上は無視されることになる。この理は、たとえ、右所有権の移転につき確定判決が存在したとしても、同様である。よって、原告に剰余金の交付請求権はなく、執行裁判所のした訴外中村に対する前記剰余金の交付は適法である。

理由

一  新潟地方裁判所が、昭和五六年六月三日、請求原因5(一)記載の原告と訴外中村との間の訴訟につき原告の主張するような判決をし、右判決が同月一九日の経過により確定したこと、本件土地につき、昭和五六年七月七日、新潟地方裁判所により不動産競売開始決定がなされ、差押えの登記を経由したこと、右差押えの登記当時、本件土地の登記簿上の所有名義人は訴外中村であり、原告は前記確定判決に基づく所有権移転登記を経由していなかったこと、原告が、昭和五七年八月二六日、同裁判所に対し、前記不動産競売事件において生ずべき剰余金について前記判決正本及びその判決確定証明書を添付して「剰余金の交付請求書」を提出したこと、右競売事件において目的不動産を売却の結果、本件土地について金三五七二万六〇三九円の剰余金を生ずることとなったこと、原告が昭和五八年三月二四日、剰余金の交付に先立ち、剰余金を原告に交付するよう申し立てたが、同裁判所の担当裁判官及び裁判所書記官は、これを拒絶し、剰余金三五七二万六〇三九円を訴外中村に交付したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、以上の事実関係の下で、執行裁判所は原告に剰余金の交付をすべきであったか否かについて、検討する。

1  不動産の強制競売手続において、売却代金を弁済を受けるべきすべての債権者に交付してなお剰余金を生じたときは、執行裁判所は右剰余金を債務者に交付すべきものとされる(民事執行法八四条二項)。

ところで、差押えの効力発生後に目的不動産の所有権が第三者に移転した場合、新所有者は右競売手続上債務者たる地位を取得するものではないから、右にいう「債務者」には、文理上、差押えの効力発生後の新所有者を含まないと解することができるのであるが、このことは、民事執行法に関する次のような解釈からも実質的に裏づけられる。

すなわち、差押えの効力発生後に抵当権の設定を受け、その登記を経た抵当権者は、強制競売手続上、配当を受けることができない(民事執行法八七条一項)し、差押えの効力発生前に抵当権の設定を受け、その登記を経た抵当権者でも、右差押え債権者が右抵当権設定登記前に仮差押えの登記を経ていた場合には、同様に配当を受けることができない(同法八七条二項)のであるが、このことは、右抵当権者が差押え債権者の債務者から抵当権の設定を受けた場合であると、右債務者から所有権の移転を受けた新所有者から抵当権の設定を受けた場合であるとを問うものではない。

これは、民事執行法が、手続の簡明化を図るため、差押え後の目的不動産に関する処分は、その差押えによる手続が進行している限りすべて無効とすることとしたことを意味するものであって、いわゆる手続相対効の立場を採用したことによるのである。

このような民事執行法の建前のもとでは、前記のように剰余金を交付すべき相手方を「所有者」とすることなく「債務者」としたことは、異とするに足りないということができる。

2  本件は、担保権実行のための不動産競売手続の場合であるが、民事執行法一八八条によって、右手続には、特別の規定が存在しない限り、強制競売手続の規定が準用される。

そして、担保権実行のための不動産競売手続に関しては、民事執行法は「債務者」と「不動産の所有者」を明確に区別している(同法一八二条参照)にもかかわらず、剰余金交付に関して強制競売手続と異なる特別の規定は設けられてはいないし、前記手続相対効に関する強制競売手続の規定もそのまま担保権実行のための不動産競売手続に準用されている。

したがって、担保権実行のための競売手続において、差押えの効力発生後に所有権が移転されても、売却代金の剰余金は差押えの効力発生時の所有者に交付すべきものということができ、差押えの効力発生前に所有権が移転されても、その登記がなされない限り、結論は同一である。

3  本件において、原告は、所有権移転登記を受けるための債務名義を有するとはいえ、その所有権取得について登記を備えていなかったのであって、このような者を競売手続上所有者として取り扱うことができるかについても問題があるけれども、剰余金の交付を受けるべき者についての解釈が前叙のとおりである以上、右の問題については論ずるまでもない。

三  以上によれば、本件剰余金の交付に違法な点はなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 木下徹信 飯塚宏)

〈以下省略〉

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